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彫刻家の三輪途道(みわみちよ)が、視力を失ったことがすべての始まりでした。

木彫作家として30数年にわたり表現活動をしてきた三輪が目の異変に気付いたのは、今から20年ほど前のことでした。当初は、夕方になると見えにくくなることから夜盲症を疑ったものの、診断は網膜色素変性症という難病でした。

この病気の進行は一様ではありません。三輪の場合はゆっくりと見えにくさが進み、約20年という時間を経て完全に視力が失われました。55歳頃のことでした。

肖像彫刻を得意とし、その精緻な彫りを特徴とする三輪の作品は隙の無い厳しさの中から対象者の内面を抉り出す強さがありました。

そんな作家が、鑿(のみ)と彫刻刀を置きました。

三輪にとって、実のところ一番精神的に厳しかったのは完全に見えなくなる少し前でした。本当に見えなくなってしまうということは、本当に木を彫ることができなくなってしまうということ。その事実と向き合うことが恐怖だったといいます。

その怖れを紛らわすために、わずかな視力を頼りに絵を描いていました。鍋や野菜、座布団など身近にあるものを題材にパステルで描き続けました。そんな日々のなか、三輪は以前、雑誌に連載していた記事を一冊の本にまとめることを思い立ちます。主に仏像を中心に、群馬県の文化財を彫刻家目線で紹介したもので、いつか本に、という希望を持ちつつ実現しないままになっていました。タイトルは『祈りのかたち』。上毛新聞社から自費出版することになりました。

本づくりには、装丁や割り付けなどを担当するデザイナー、文章を整えるライター、編集者などが必須です。いわば総合力。それぞれが力を出し合っているうち、見えにくい人も読めるような「ロービジョンブック」の必要性に気が付き、通常の書籍版とロービジョンブック版を合本としたものへと展開していきました。「ロービジョンブック」は、見えにくい人に配慮して、黒字にゴチック文字を白抜きにし、各行の下にはラインを引きました。画像にもできる限りラインを引くなどの工夫をしました。こうして、前から本を開くと通常の書籍、後ろから本を開くと「ロービジョンブック」という、他にあまり例のない本が完成しました。文化財の研究者の論説でも、ガイドブックでもない、彫刻家という作家の立場から文化財を解説した独自の視点は読みやすく、多方面から支持をいただきました。2022年度、『祈りのかたち』は群馬県文学賞(随筆部門)を受賞しました。

彫刻家に限らず、表現者は自分と対峙する分、孤独なものです。この時の本づくりの経験が三輪に、一人では成しえない仕事の面白さを教えてくれました。やがて見えなくなる自分を想定し、「視覚障害者と社会をつなぐことを視野に活動したい」との三輪の思いを本づくりのメンバーが受け止め、全員がそのまま設立メンバーとなって一般社団法人メノキは誕生しました。2021年秋のことでした。

この頃には完全に光を失っていましたが、三輪は彫刻家であり続けました。木と鑿、彫刻刀はあきらめ、代わりに粘土と漆を使った独自の方法で塑像を作り始めました。作家活動だけでなく、「見えなくなった私だからこそできることをやりたい」と、視覚障害者の目線を第一にした様々な事業に一社メノキとして取り組むこととなりました。まずは、障害者を取り巻く壁を取り払い、誰でもがアートとつながれる場や環境づくりを目指そうと、歩き始めました。

2022年度は、「見えない人にとっての目である手」に注目。「触る」を考えました。前橋市のギャラリーで「ミルコト ミエナイコト サワルコト すべての人の感じる彫刻展」を開催。出品の全彫刻作品を触って鑑賞するという、民間ギャラリーとしては全国でもあまり例のない大規模な展覧会として注目を集めました。

2023年度は、視覚障害者のアテンドと対話型の美術鑑賞を支える人材養成講座を群馬大学と連携して行ったほか、国際現代芸術祭・中之条ビエンナーレ、群馬県立館林美術館の企画展「ヒューマンビーイング藤野天光、北村西望から三輪途道のさわれる彫刻まで」に参加。いずれも触覚を意識した、視覚だけに頼らない独自の催しとなりました。

そして、2024年度は「触る鑑賞」をさらに深めた「触察(しょくさつ)」の研究を深めます。「触察」とは手指の触覚で物事を感じとり詳しくその状態を明らかにすることです。触りながら語り合うことで新たな美術鑑賞が可能になると考えられています。触察に関しては、数年前から制作を進めていた福祉共生版の「みんなとつながる上毛かるた(触って楽しむかるた)」が完成、教育現場でインクルーシブ教育の教材として使われ始めました。また、昨年度に続き、障害を持つ人がいつでも美術館で作品を鑑賞できるようサポーターを養成する講座を開催します。

一社メノキは、三輪途道という視力を失ったアーティストの目線を大切に活動する独自の存在です。視覚障害者と晴眼者の交流を軸に、障害の有無にかかわらず誰でもが美術鑑賞や制作を楽しめる―そんな社会を実現するための一助になりたいと考えています。

メノキの「メ」は目であり、芽でもあります。「キ」は木。木の芽を吹かせ、心の目を育てあげていきます。

一般社団法人メノキ   代表 三輪途道

福西敏宏/立木寛子/富澤隆夫/寺澤 徹

三輪途道(みわみちよ)代表理事
1966年下仁田町生まれ。94年東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術専攻修了。同年ガレリアグラフィカbis(東京)初個展。2001年高崎市美術館『リアルなココロぬかずけなココロ上原三千代展』、07年上原三千代から三輪途道に改名。21年富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館『富岡から世界を紡ぐ 三輪洸旗・途道展』他多数。21年に『祈りのかたち』(上毛新聞社)を出版、群馬県文学賞受賞。

福西敏宏(ふくにしとしひろ)副代表理事
東京生まれ。編集者・ライター。東京で専門書の出版社勤務ののち、群馬大学大学院社会情報学研究科入学。学術メディア研究をする傍ら、アーツ前橋の準備に関わる。アーツ前橋のアーティストインレジデンス事業にコーディネーターとして関わり、以後継続して、海外作家を中心とした地域リサーチのコーディネーターとして関わってきた。
2021年より、一般社団法人メノキの副代表理事を務める 。

立木寛子(たちきひろこ)理事
1956年群馬県前橋市生まれ。全国紙記者を経て84年からフリーランスライター。医療・看護分野のルポルタージュ、企業ノンフィクションを中心に手がける。著書『ドキュメント看護婦不足』『こわがらないで・乳がん』『いのち愛して 看護・介護の現場から』『沈黙のかなたから 終末期医療の自己決定』(以上朝日ソノラマ)。『爺さんとふたり—プレ介護とリアル介護の日々』(上毛新聞社)。『みえなくなった ちょうこくか』(メノキ書房)他。2023年8月メノキ書房(株)代表。

富澤隆夫(とみざわたかお)理事
1957年東吾妻町生まれ。法政大学文学部哲学科卒。1980年上毛新聞社入社。主に出版部門を歩む。『群馬新百科事典』『戦国史-上州の150年戦争』『世界遺産 富岡製糸場と絹産業遺産群建築ガイド』『群馬県の苗字』『群馬の山歩きベストガイド』や『群馬の源泉一軒宿』などの温泉シリーズ、文化情報誌『上州風』などの編集に携わる。2022年退社。現在、メノキ書房編集者。

寺澤徹(てらさわとおる)幹事

1956年 群馬県前橋市に生まれる
1980年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科 卒業
1985年 第11回群馬青年美術展 優秀賞
1988年 第38回モダンアート協会展 協会賞、安田火災美術財団奨励賞
1989年 第19回現代日本美術展、第8回安田火災美術財団奨励賞展
1997年 第40回安井賞展、この頃から石による環境アートを各地に制作・設置
1998年 第22回上毛芸術奨励賞、寺澤事務所設立
2003年~ 子どもたちに向けたアートワークショップを頻繁に行う。
2009年 活動をまとめた書籍「手でつくるあそぶみつける」を出版
2010~2023年 群馬大学社会情報学部、群馬県立県民健康科学大学 非常勤講師
2023年~ 一般社団法人メノキ監事
*従来の表現様式や領域を超え、グラフィックデザイン・環境アート・ソーシャルクリエティブ等横断的に関わり、常に実社会に直結する活動を行ってる。

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